「鈴木藤助日記」を読もう

   鈴木藤助日記を読む会に参加しませんか?

11月の鈴木藤助日記を読む会

11月22日(火)10時より集まりがありました。

鈴木藤助日記の明治6年7月25日より31日の日記を読みました。

この時期蟹ヶ谷(川崎市高津区)の臼彫り職人が何度も藤助家を訪れ、臼を彫る仕事をしています。この臼は木の臼か石の臼かで話し合いになりましたが、石の臼ではないかということで落ち着きました。

また学校をつくるために村の人たちが寄合を開き、出資金を増やす話し合いをする記事があります。日本の近代学校教育の始まりの様子が見て取れるところです。

藤助は下河原権六から九年酒を貰う記述があります。9年も経った日本酒は酸っぱくなってしまうのではと思いますが、江戸時代「9年寝かせた清酒で、上等な新酒の3倍くらいの値段」の熟成酒があったそうです。

藤助家の養子であった福三郎が、この時期その縁を解消しています。福三郎が養子に来た時期を調べてみると、明治元年12月10日、明治2年2月21日などにその記事があります。福三郎を貰い請けるお祝いをしたり、福三郎の持参金300両であることがわかります。明治2年から明治6年まで4年余りの縁組でした。

 

◆次回の集まりは12月14日9時30分より

 

 

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