「鈴木藤助日記」を読もう

   鈴木藤助日記を読む会に参加しませんか?

2017年11月の鈴木藤助日記を読む会

11月7日、鈴木藤助日記を読む会がありました。


先日のシンポジウムの話から、明治維新の評価の話題に及びました。
明治維新100年の頃、明治維新の変革の主体は誰だったか。維新の英雄か、又は民衆こそ主体だったのかの議論を戦わす時代がありました。
明治維新150年の今、明治維新は変革だったのか。
「パクス・トクガワーナ」の基礎の上に築かれた明治維新であるなら、260年戦争のなかった徳川政権を再評価してもよいのではないかという歴史学の流れがあるそうです。英雄ではない庶民の記録、庶民の営みの積み重ねの中にその答えを探す研究が、日記史料の研究といえるでしょう。

 

明治6年10月14日より10月16日までの日記を読みました。


この時期、隣村である平村に住む職人が来てカゴ作りが行われています。3人で4日間も作業しています。どんなカゴができたのでしょう。
16日の日記をみると、榎木戸の芝居へ女たちが出かけ、夜遅く帰ってきた様です。榎木戸とは登戸から生田へ向かう途中にある地名で、枡形城の入口=木戸に榎があったことから付けられた地名だそうです。昔は賑やかな場所だったとのこと。芝居小屋が立つほどの所だったのですね。


◆ 次回  12月19日(火)10時より
◆ 次々回 1月22日(月)10時より

 

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  登戸宿・北向地蔵と馬頭観音 

 

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2017年10月の鈴木藤助日記を読む会

10月24日、鈴木藤助日記を読む会がありました。
明治6年10月7日より10月13日までの日記を読みました。

この時期、等覚院の屋根の茅葺きをしていて、茅を運んだり屋根屋が来たりしていますが、漸く終了したようです。
茅葺き作業は共同体の仕事で、村の人たちが協力して行う作業ですが、専門職の人もいたようで、日記には「やね辰・万」という名が出てきます。
今では珍しくなってしまった茅葺き屋根や茅葺き作業ですが、5~60年前には普通に存在していました。
茅のみを葺くこともありますが、茅の間に杉皮を入れる方法もあり、それを「混ぜ葺き」と呼んだとのこと。

10月10~11日の日記には、溝ノ口の邏卒が登場します。
明治初期の警察官のことで、「らそつ」と読みます。
新しい時代の社会状況を示す記述です。


◆ 次回  11月7日(火)10時より

◆ 次々回 12月19日(火)10時より

 

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    等覚院山門の仁王像

 

 

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「日記からみる戊辰戦争と地域」の報告

相武地域史研究会の第3回シンポジウムが、10月14日に東海大学湘南キャンパスにて開催されました。
テーマは「日記からみる戊辰戦争と地域」―明治維新150年― 
報告者の一人として、小林紀子さん(横浜市歴史博物館)が
「江戸近郊農村の戊辰戦争
  ―武蔵国橘樹郡長尾村「鈴木藤助日記」からー」
という表題で報告をされました。
当日は多くの聴衆が詰めかけ、関心の高さを伺うことができました。

東海大学教授の馬場弘臣先生の詳しい報告を紹介します。

シンポジウム「日記からみた戊辰戦争と地域―明治維新150年―」報告 | Professor's Tweet.NET

毎月「鈴木藤助日記」を読んで、日記の記事の内容に一喜一憂し、歴史の一コマとして庶民の暮らしを感じてきた私たちです。
しかし、さらに異なった側面、地域的に日記を捉えることができることを知りました。
江戸近郊であるけれども東海道沿いではない鈴木藤助の住む長尾村の地域的特徴に言及された議論を興味深く聞きました。
当日配られた資料の写真を添えます。

 

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日記からみる戊辰戦争と地域

相武地方史研究会第3回シンポジウムの情報です。


「日記からみる戊辰戦争と地域」―明治維新150年― 
2017年10月14日(土)
13:30~17:00(13:00開場)
会場 東海大学湘南校舎 11号館402教室
入場 無料

小林紀子さん(横浜市歴史博物館)が
「江戸近郊農村の戊辰戦争
  ―武蔵国橘樹郡長尾村「鈴木藤助日記」からー」
という表題で報告をされます。 

鈴木藤助日記を読む会の一員として興味深く、応援したい気持ちです。

  

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2017年9月の鈴木藤助日記を読む会

9月4日、溝口のちどりにて鈴木藤助日記を読む会が開かれました。
明治6年10月4日より10月6日までの日記を読みました。 

 近所では葬式があったり、婚礼があったり、日常が描かれています。
この頃、藤助家の敷地内の炭小屋を改装して、学校の仮校舎を作る作業をしており、大工、畳屋、黒鍬などが出入りしています。
明治6年化育学舎として誕生したこの学校は、明治10年経綸学校と名前を変え、その後いくつかの統合を繰り返して向丘小学校となります。

 

 相武地域史研究会シンポジウム(第3回)

井上攻先生からのお知らせですが、相武地域史研究会シンポジウムが開催されます。テーマは「明治150年記念 日記からみる戊辰戦争と地域」、神奈川の村に残る日記から、戊辰戦争期の様相を探ろうというもので、それを民衆がどう捉えていたかを明らかにするものです。横浜市歴史博物館小林紀子さんにより『鈴木藤助日記』の記事を扱った報告があります。だれでも出席可能です。詳しくは別記事「日記からみる戊辰戦争と地域」をご覧ください。

 

◆ 次回  10月24日(火)10時より

◆次々回 11月7日(火)10時より

  

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等覚院山門天井の天女の絵(秀鷲の署名あり)

 

 

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歴史×妖×芳年 月岡芳年の企画展

横浜市歴史博物館にて「歴史れきし×妖あやかし×芳年よしとし」月岡芳年の浮世絵展が、7月29日より始まります。

神奈川県立歴史博物館所蔵「丹波コレクション」の作品とその魅力を紹介する第二弾!

芳年は幕末から明治にかけて活躍した絵師で〝最後の浮世絵師〟とも称されています。芳年はさまざまなジャンルの作品を手がけましたが、本展では、歴史的なできごとや伝説を題材とした作品と、芳年晩年の名作「新形三十六怪撰」全作品を紹介します。

 

企画展展示期間 7月29日(土)~8月27日(日)

企画展観覧料 一般500円 大学・高校生200円    中・小学生100円

 

横浜市歴史博物館 休館日:月曜日

         開館時間:9:00~17:00

 

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7月の鈴木藤助日記を読む会

鈴木藤助日記を読む会が7月10日に開かれました。

明治6年9月26日より10月3日までの日記を読みました。

 

9月26日、学校の先生である松月堂と、隠居と呼ばれる人がケンカをして、伊兵衛が「あつかい」をします。「あつかい」とは訴訟や争い事の仲立ちをするという意味。昔は地域から信頼される人が、「あつかい」役を頼まれることがありました。まさに頼もしい人ということです。

この時期、等覚院では大工が出入りしています。藤助家の使用人が下川原の鈴木家へ等覚院の瓦代金を借用に行く記述があり、等覚院の屋根普請をしているようです。 

10月1日、学区取締の小杉村の安藤彦太郎(のちの久重)と長尾村下川原の鈴木久弥が、学校見廻りに来ています。

2日、藤助家の炭小屋に床をはり、学校を作ることになりました。学制により小学校を設立することが急務でしたが、ただちに小学校を新設することは不可能であったため、当面は寺子屋・私塾を小学校へ改編することとなりました。長尾村では、江戸時代からの松月堂(杉浦先生)という寺子屋が、化育学舎という小学校に改編されていくことになります。その小学校の仮校舎が、藤助家の敷地内にできるのです。小学校設立の過程が日記に垣間見えるのは興味深いことです。 

 

◆  8月はお休  

◆  次回は9月4日(月)10時より

 

 

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  等覚院の手水槽を支えている石像

 

 

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