「鈴木藤助日記」を読もう

   鈴木藤助日記を読む会に参加しませんか?

2018年12月の鈴木藤助日記を読む会

12月18日(火)、鈴木藤助日記を読む会が開かれました。

井上攻先生より、横浜市歴史博物館において開催中の「文化財展/神奈川の記憶展」について、前回に引き続きお話がありました。
「神奈川の記憶展」にて展示中のキリシタン信仰画について、安土桃山期の作品である可能性が高いことに加えて、専門の研究機関により、誰の持ち物であったかの調査が進んでいるそうです。近々朝日新聞の「神奈川の記憶展」関連記事になるとのこと。
「神奈川の記憶展」では、他にも貴重な史料が展示されているので、是非ご覧頂きたいと井上先生は話されました。

「鈴木藤助日記」は、明治7年1月12日より1月21日までの記事を読みました。
この時期、臼彫りの職人2人が泊りがけで仕事に来ています。どんな仕事をしているのかはっきりしませんが、臼彫りの職人が素麺作りで有名な井田村(現:川崎市中原区井田)から来ていることが手掛かりになるように思います。
1月14日、向店・古着店と共にお餅をついています。翌日の小正月の準備でしょうか。小正月の行事は「どんど焼き」と呼ばれ、正月の松飾りなどを燃やした後、お餅を食べ、1年の健康や豊作を祈るそうです。今でも川崎市麻生区早野地区や、横浜市都筑区の山田富士公園などで行っているとのこと。
1月21日、松月堂より鮎を1枚もらったと記されています。冬の寒い時期でも鮎猟をしていたのかと話題になりました。

◆ 次回  1月28日(月)10時より
◆ 次々回 2月25日(月)10時より

 

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2018年11月の鈴木藤助日記を読む会

11月27日(火)、鈴木藤助日記を読む会が開かれました。

井上攻先生のお話。
横浜市歴史博物館において11月23日(金)より開催の「文化財展/神奈川の記憶展」について詳しい情報をもらいました。
「神奈川の記憶展」は、朝日新聞神奈川版で連載されている「神奈川の記憶」の記事にちなんだ展示です。考古学の領域から現代史までの神奈川の歴史や文化を発掘し、新聞記者の視点で提示してきた130話を超える記事の中から20話を選び、その内容を歴史資料とともに紹介しています。
その展示物のひとつに神奈川県大磯町の「澤田美喜記念館」で収蔵されているキリシタン信仰画があり、16世紀末の安土桃山期の作品である可能性が高いことがわかったそうです。11月19日(月)の朝日新聞及びNHKニュースで報道されて、話題となっています。
文化財展」も併せて盛りだくさんの展示内容となっているので、ぜひ見学してほしいとのこと。

「鈴木藤助日記」は、明治7年1月7日より1月11日までの記事を読みました。
1月10日、地域の小学校である化育学舎の子供たちが等覚院に集まり、席書をしたと記されています。席書とは「せきがき」と読み、手習いの子に書画を清書させる会、またはその展覧会のこと。この日等覚院には、藤助や息子の留五郎、学校の先生方も集まり、遅くなったので子供たちにおむすびをふるまったそうです。小学校の子供たちの成長を、あたたかく見守る地域の目を感じます。
1月11日、太七が伊兵衛方の地形の手伝いに行っています。地形は「じぎょう」と読み、何のことかと話題になりましたが、建築物の基礎を支えるための地固めのことかと思います。

◆ 次回  12月18日(火)10時より
◆ 次々回 1月28日(月)10時より

  

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文化財展と神奈川の記憶展

横浜市歴史博物館では、11月23日(金)より企画展が始まりました。
横浜市指定・登録文化財展」と「神奈川の記憶展―歴史を見つめる新聞記者の視点」の同時開催です。

文化財展」は、平成30年度に指定される横浜市の指定文化財、また過去に指定された県・市の文化財を紹介します。
「神奈川の記憶展」は2015年10月から朝日新聞神奈川版で掲載が始まり、130話を超えた今も続く連載記事の中から20話ほどを選び、その内容を実物資料とともに紹介します。新聞媒体と博物館展示のコラボレーションを楽しめそうです。


会期 2018年11月23日(金)~2019年1月14日
会場 横浜市歴史博物館
開館時間 9:00~17:00

 

詳しくは下記へ 

www.rekihaku.city.yokohama.jp


2018年10月の鈴木藤助日記を読む会

10月9日(火)、鈴木藤助日記を読む会が開かれました。

ある会員さんが、読売新聞「生活を支えた相模の水運」(9月2日)の記事の切り抜きを持ってきてくれました。相模川相模国の物流の大動脈で、相模川の水運については、廻船問屋の古文書などの記録が残っており、歴史的にも研究されているようです。一方多摩川の水運については、記録が少ないとのこと。「鈴木藤助日記」の記述から藤助家では、塩や小麦を多摩川の舟で運んでいたことが分かります。「鈴木藤助日記」から多摩川の水運について、少しでも解明できたらよいと思います。

明治初期ウサギをペットとして飼う人が激増、海外からウサギを飼う習慣が入ってきて人々の心をとらえたようです。それに伴いウサギの値段が高騰し、飼育して高値で売ろうとする輩が出てきました。ウサギバブルといえる風潮を危惧した東京府は、ウサギ1羽につき1円を徴収するなど対策を取りました。
(「明治日本に訪れたウサギバブルの結末」参照)https://moneyforward.com/media/life/69675/
「鈴木藤助日記」の明治6年12月23日に、「平郡次方より兎の子をもらう」という記事があります。ちょうどウサギバブルに対応した時期と重なります。高いウサギ税を回避するため放出されたウサギが、藤助家にもやってきたのかもしれません。これも会員さんからの情報で、読む会当日の話題になりました。

「鈴木藤助日記」は、明治7年1月1日より1月6日までの記事を読みました。
明治7年の新年を迎え、藤助家では藤助や息子の留五郎が、長尾村内の主だった家へ年礼に行っています。
2日から樽拾いの雇人がきています。この日が仕事始めだったのでしょうか。
3日、年玉に鳥が来るとあります。ニワトリでしょうか。戦後すぐ、今から60年前こと、締めたキジ(雉)を贈答品としていた事例があり、キジはとても綺麗だったそうです。
鳥を捕まえる銃、更には刀の話にまで話が及びました。


◆ 次回  11月27日(火)10時より
◆ 次々回 12月18日(火)10時より

 

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2018年9月の鈴木藤助日記を読む会

9月10日(月)、鈴木藤助日記を読む会が開かれました。

井上攻先生より、季節にちなんだお話。
9月9日といえば、重陽節句という五節句のひとつです。
五節句とは、
1月7日 人日(じんじつ)の節句
3月3日 上巳(じょうじ)の節句
5月5日 端午(たんご)の節句
7月7日 七夕(しちせき)の節句
9月9日 重陽(ちょうよう)の節句
元々は中国の唐の時代の制度で、日本へは奈良時代に伝わり、宮中行事となったとのこと。やがて一般の人々に広まり、農業の節目で行なわれていた風習と相まって、現在のような形になったと考えられています。
しかし、五節句の中で9月9日の重陽節句だけが、あまり一般化されていません。これは9月9日に祭祀を行うことが、農業のリズムとずれているため、秋の彼岸や収穫祭に吸収されたためであるという考え方があります。
節句の「く」は、供物の「く」で、神奈川では秋祭りを9月19日に行う事例が多く、東北地方では9月29日に行う事例がみられます。また、古くは9日を「くんち」と発音するそうで、「長崎くんち」などもその一例です。
柳田国男和歌森太郎など研究者の紹介もあり、興味深いお話でした。

「鈴木藤助日記」は、明治6年12月24日より12月31日までの記事を読みました。
明治6年もいよいよ押し詰まり、藤助家では醤油税を納めたり、掛取りに出かけたり諸勘定に忙しい様子です。年内に勘定を精算して新しい年を迎えようとするのは、今も同じですね。
また、付き合いのある家に歳暮を届け、新年を迎えるため餅つきをしています。近所では喧嘩騒ぎがぼっ発。年末のあわただしい様子が伝わってきます。


◆ 次回  10月9日(火)10時より
◆ 次々回 11月27日(火)10時より

 

 

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「戊辰の横浜 名もなき民の慶応四年」

横浜市歴史博物館の企画展「戊辰の横浜 名もなき民の慶応四年」を拝見してきました。古文書がたくさん並んでいました。古文書好きな人には、たまらなく魅力的な展示です。
今回の展示では、「鈴木藤助日記」の記述がたくさん使われています。日記の原本(4冊)やコピーが展示されていて、その記事を読むことができます。
展示資料の中から「鈴木藤助日記」を資料としているタイトルを書き出してみました。

1.村に伝わった大政奉還の情報(慶応3年10月)

2. 荻野山中藩陣屋焼討(慶応3年12月18日)

3. 鳥羽伏見の情報、長尾村に伝わる(慶応4年1月11日、12日)

4. 川崎宿の継立人足を一度もつとめなかった鈴木藤助(慶応4年3月29日)

5. 長尾村では炊き出しにて綱島勢に協力(慶応2年6月16日)

6. 旧幕府諸勢力、村々へ米、金を要求(慶応4年閏4月27日、5月3日)

7. 鈴木藤助日記に記された旧幕府勢力の動向 「鈴木藤助日記」より作成

8. 上野戦争の風聞(慶応4年5月16日)

9. 新政府を諷刺「錦旗勅命丸」の引札(慶応4年5月11日)

10. 非日常の中、日常生活は続く(慶応4年8月)

鈴木藤助の住んでいた武蔵国橘樹郡長尾村は、日本橋より行程5里半、江戸近郊の村です。ラジオもテレビもインターネットも無い時代に、歴史的な情報を受け止め、記述していたことに、改めて驚いてしまいます。

企画展をまだ訪れていない方は、ぜひ「鈴木藤助日記」に会いに行ってみてください。

 

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「戊辰の横浜」ふたつの企画展

横浜市歴史博物館と横浜開港資料館では、「戊辰の横浜」という企画展が始まります。明治150年記念企画としての展示です。
両館共通のチラシは、黒色を基調とした印象的な配色で、展示に対する期待が高まります。

https://www.rekihaku.city.yokohama.jp/index.php/download_file/4534/4223/

 

「戊辰の横浜」名もなき民の慶応四年
  横浜市歴史博物館 7月21日(土)~9月9日(日)
横浜市域では戦闘は起こりませんでしたが、当地域ならではの特徴や生きた人々の息づかいを地元の資料から明らかにするものです。

鈴木藤助日記が展示されます。

横浜市歴史博物館-都筑区センター北

 

「戊辰の横浜」開港都市の明治元年
  横浜開港資料館 7月21日(土)~10月28日
開港都市横浜の激動の1年を、古写真・錦絵・古文書・イラストなど多様な歴史資料から紹介します。

横浜開港資料館